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東京地方裁判所 昭和44年(むのイ)816号 決定 1969年5月06日

申し立て人

前進社代表者

山村克

司法警察員和泉宏士らは、昭和四四年四月二七日、本多延嘉に対する破壊活動防止法違反被疑事件について、東京簡易裁判所裁判官が同日付けで発した捜索・差し押え許可状に基づき、東京都豊島区東池袋二丁目六二番九号佐藤ビル内の「前進社」を捜索し、計六二品目の物件を差し押えたが、申し立て人(代理人弁護士葉山岳夫、同山崎素男)から、右の処分の取り消しと、差し押えた物件全部の返還とを求める旨の準抗告の申し立てがあつたので、当裁判所はつぎのとおり決定する。

主文

司法警察員和泉宏士らが昭和四四年四月二七日東京都豊島区東池袋二丁目六二番九号佐藤ビル内「前進社」でした、別紙目録記載の各物件に対する差し押え処分を取り消す。

申し立て人のその余の請求を棄却する。

理由

一申し立て人の主張の要旨は、「本件捜索・差し押えの処分には、(1)令状提示前に捜索行為が開始されたこと、(2)右捜索に際し、身体検査令状がないのに事実上身体検査が強行されたこと(そのうち女子については立ち会い人も置かなかつたこと)、(3)本件捜索・差し押えの前提となつた令状そのものが、事件の内容については破壊活動防止法違反という被疑事件名の記載があるだけで、その具体的罰条さえ明示されていないような無効なものであること、(4)本件と無関係なことが明白な物が多数差し押えられていること、(5)的場悟朗差し出しの封書一通が差し押えられているにもかかわらず、目録に記載されていないことなど、いくつかの点で重要なかしがあるから、結局本件の処分全体が違法なものとして取り消しを免れない。」というのである。

二当裁判所が、関係記録の取り寄せや、受命裁判官による証人尋問など、事実の取り調べをした結果によると、本件処分を実行した当時の状況については、おおよそ、つぎのような事実が認められる。すなわち、

その日の午後九時数分まえごろ、本件令状を手にかざした警視庁公安部の和泉宏士警部が、捜索に来たことを告げたうえ、その指揮下にあつた二〇名余りの警察官とともに、その先頭に立つて前進社の二つのへやにかなり激しい勢いで立ち入つたが、当時へやの中には学生活動家とみられる者が十数名居合わせ、同人らはそのような突然のできごとに一瞬ろうばいし、ある者はその場にあつた物を急いで隠すようなしぐさをしたため、警察官らは、室内に立ち入るやいなや、まず学生らに対し、その場から動いたり物に手をかけたりなどしないよう命じ、さらに進んで、その際あわててなにかをしまい込んだとみられる学生に対しては、ポケットやカバンのなかから物を出させるなどの措置をとつたうえ、同日午後九時三分ごろまでの間に、立ち会い人になることに決まつた前進社側の山村克らに対して本件の令状を提示し、その後二時間くらいにわたつて捜索と差し押えを行い、所定の手続を済ませて立ち去つた。

三ところで、本件の場合、厳密にみると、令状の提示行為前に、警察官による室内立内ち入りや現場保存的な措置がなされたことは明らかであるが、捜索された場所が日ごろ多数の人間が出入りする事務所的な性格をもつへやである点、室内にはかなりの数の学生らがいて、ゆう長な捜索のやり方では、なんらかの妨害的な行為や証拠隠匿的な工作がなされるような状況にあつたと思われる点、和泉警部は立ち入りに際し、それが令状による捜索・差し押えのためであることを客観的にも明白な方法で示している点などを考えると、警察官らが室内に立ち入るのに先立ち、令状を適式に提示すること(それには、立ち会い人の選定、相手方による内容の熟読などのため、ある程度時間を要する。)は、本件の具体的状況のもとでは必ずしも要求されないものと解されるし、ポケットのなかなどから物を出させる行為も当該学生が捜索にあたる警察官の目のまえで具体的に物を隠すような行為に出た以上、警察官としては、やむをえない許された措置であつたといわなければならない。なお、その際に、警察官が、学生のポケットのあたりにさわつたとしても、ことさら着衣を脱がせて裸にしたりしたわけでないから、それを刑事訴訟法上の身体検査にあたるとするのは相当でない。

そして、これら令状提示前の数分間に行われた警察官の行為は、捜索行為というよりは、むしろその準備的な行為という色彩が強く、本来の目的である捜索行為そのものは令状提示後に行われているのは明らかであつて、本件捜索・差し押えの処分は、令状に基づいて行われた、適法なものであると評価すべきものと考える。また、警察官らの個々の動作などについては、やや妥当を欠いたという批判の余地はあるとしても、処分全体を違法ならしめるほどの事情は認められない。

四つぎに、差し押えられた物件を個別的に検討すると、別紙目録記載の物件のうちノート類は、主として東大事件などで勾留されている学生に対するいわゆる救援対策関係の資料にすぎず、本件被疑事実との直接の関連性は少ないうえ、他方差し押えられる側にとつては、勾留されている者に対する面会や差し入れ、弁護人との打ち合わせなどに具体的な支障が生ずるなど、差し押えによる不利益はかなり大きいと思われる物であるから、右の物件を差し押えたことは相当でない。(もちろん、かようなノートでも、外観では判明しないような関連性がひそんでいることも想像されるが、それを差し押えるには、その関連性を疎明する資料に基づいて、令状自体に、「差し押えるべきもの」として特に明記されていなければならない。)また、「公判廷における被告人傍聴人等のための六法」と題する法規集のようなものやバッグも、その物自体の性質上、本件との関連性は認めがたい。

五差し押えられた物件のうちその他のものについては、いずれも本件被疑事実との関連性は肯定されるが、特に申し立て人が関連性がないことを強調しているものについてだけ説明を加える。

(一)  まず、クリヤーブックについては、その中には、一学生のいわゆる四・二八闘争を控えての心境を吐露した信書(封筒入り)一通、「前進」四三一号一枚、「帝国主義に対決する労働運動を」と題する書籍一冊、「逮捕された際の注意」と題するビラ一枚など、いずれも本件被疑事実との関連性の明白な文書類がはさみ込まれ、かつ、これらは右のクリヤーブックと一体をなしているものとみられるから、これを一個の物件として差し押えたことはなんら違法とはいえない。(右の封書について、目録に記載がないのも、そのような事情のためにすぎないと思われる。もとより、それらも細目として目録に記載することが望ましいことはいうまでもない。)

(二)  つぎに、押収品目録に「メモ封筒入り」と書かれている物件は、昭和四四年三月末に行われた全学連臨時全国大会出席者名簿の一部であつて、本件せん動行為やその目的であるいわゆる四・二八闘争の組織性や事前計画性、右闘争にいわゆる全学連が果す役割、右全国大会と本件せん動行為との時期的な関係、右の文書の体裁(ことさら切りこまざかれている)などに照らし、本件被疑事実との関連性を認めざるをえないと思われる。

六なお、本件令状そのものの効力について一言すると、捜索・差し押え許可状には、本件のような特別法違反の罪については具体的罰条を、また場合によつては被疑事実の概要をも記載することが、差し押えるべき物の特定のうえで望ましいことであると一応いえよう。しかし、本件の場合、「差し押えるべき物」としては、捜査の初期であつた関係上当然のことながら、ある程度弾力的な表現をとつているものの、「本件犯罪に関係ある(一)指令、通達、通信、連絡、報告等の文書(二)会議録、議事録、金銭出納簿等の文書(三)闘争の組織、編成、戦術等に関する文書(四)機関紙誌、日記、ビラ、メモ等の文書および前記文書の原稿(五)闘争の正当性を主張し、又はこれに解説論評を加えた文書云云」というように、かなり具体的な例示がなされているのであつて、憲法三五条と三三条との規定の仕方の違いや、捜索・差し押え許可状には適用法条まで記載する必要がないとした最高裁判所の判例(昭和三三年七月二九日大法廷)の趣旨に徴すると、罪名として「破壊活動防止法違反」という記載しかないからといつて、本件令状が直ちに違法、無効になると解することはできない。

七したがつて、本件差し押え処分のうち、別紙目録記載の各物件に対するものはいずれも許されないが(もつとも、現在右の物件を保管している検察官は、それを前進社に返還すべきものと一応考えられるが、その間の関係は、他の手続、方法で解決されるべきことで、本件準抗告の手続きのなかで、その物の返還を求めるような申し立てをすることは許されない。)、その他の物件に対する差し押え処分はいずれも相当であるから、結局本件準抗告の申し立ては、右に述べた限度でのみ理由があることになる。そこで、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項、同条一項にしたがい、主文のとおり決定する。(小松正富 本郷元 中川武隆)

<目録略>

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